ブログ

【ノベル】しっかり者の妹・完結編

しっかり者の妹の続編のおまけです。

告白ver.はボイスで、仲良しver.は小説風に。

本来は仲良しver.をボイス化する予定でしたが、ボイス化するとうまく雰囲気が伝わらない気がしたので…。

 

告白ver.(23:43)

 

以下、追記より仲良しver.です。

謎の字数制限(ブログなのに…)により、ネームの「【妹】、【兄】」を削除しております。

どうぞご覧下さいまし~。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

 深夜。

 風呂から上がり、のんびりとした時間を過ごしていると、部屋の扉
 がノックされた。

兄「ん?」

妹「コンコンコーン。兄さーん、起きてるー? 私です、妹ですー。…
  …入ってもいいかしらー?」

兄「おー、いいぞー」

 返事をすると、扉の向こうから声の主が現れる。

妹「やっほー、お邪魔しまーす」

兄「どうした、こんな時間に」

妹「あ。兄さん、また髪乾かさないで部屋に戻ってきたの?」

妹「もー、風邪引くからやめなさいって言ってるのに……。少し目を離
  したらこれなんだから……」

兄「でもそれって迷信だろ?」

妹「あら~? くすっ、迷信だと思う? 一応は論理的に説明がつくの
  よ?」

妹「髪が濡れたままだと首が冷えるし、水が蒸発するときに頭皮から熱
  エネルギーを奪うわ。総じて、頭を冷やすことに繋がるわけね」

妹「頭を冷やし過ぎると、全身に影響するわ。体温が下がると免疫力が
  落ちる。免疫力が落ちるから、風邪を引く」

妹「どう? 理に適ってるでしょ?」

兄「だが、頭寒足熱というじゃねーか」

妹「頭寒足熱? へぇ、マニアチックな四字熟語知ってるのね。兄さん
  にしては、珍しい」

兄「ぐっ……」

 馬鹿にされているように聞こえるが、ここは我慢。

妹「頭寒足熱……頭を冷やして、足を温めればよく眠ることができるぞ
  っていう健康法ね」

妹「くすっ、兄さーん?」

 からかうように目を細める。

妹「巧く切り返したつもりかもしれないけど、それは寝るときの話でし
  ょ? 私が言ってるのは、起きてるときの話よ」

妹「髪が濡れてるのは、主にお風呂上りの場合ね。そして、お風呂上り
  は体が温まっているの。だから、放っておくと湯冷めしちゃうわ」

妹「それに加えて、髪も乾かさないとなると……。体温がどんどん奪わ
  れることになる」

妹「はい、原点回帰ね。体温が下がるから免疫力が下がる。つまりはそ
  ういうことよ」

妹「だから、体は冷やさない。髪も乾かす。解った?」

兄「へいへい」

妹「ん、よろしい」

妹「じゃ、さっさと乾かしに行って。早くしないと、本当に風邪引いち
  ゃうわよ?」

兄「……わかった」

 いくら反論しても口では勝てない。

 ここは素直に言うことを聞いておこう。

 ……

妹「……ふむ。行ったか」

 階段を下りる音が扉越しに聞こえる。

妹「全く。いい歳して、子供みたいなことするのね。あれじゃ将来苦労
  するわ。……嫁の尻に敷かれるタイプね」

 今しがた自分のしたことを思い出して、苦笑した。

妹「あー……、ふふっ。……ま、私みたいなお嫁さんを貰わない限り、
  そうとも言えないか」

妹「さて、っと」

 自分一人だけになった部屋を見渡す。

妹「んー……。意外とよく片付いてるわね。机の上、ラグの上も、本棚
  も。こっちのほうは見違えるほどの成長ね」

妹「口酸っぱく言ってきた成果かしら。……けど、自分の体に対しての
  管理は相変わらずねー」

妹「身だしなみも適当、体調管理も適当。……あと、きっと自己メンタ
  ルケアもおざなりね」

妹「はぁ……。兄さんって一人暮らしできるのかしら。悪い女に捕まっ
  て、部屋まで押しかけられても無理に断ることをしなさそうよね」

妹「そりゃ、お母さんも兄さんの実家暮らしを強制するわけだ。……少
  し過保護な気もするけど」

妹「それもこれも、兄さんに女っ気がないのが原因よねぇ。箱入り息子
  も、この歳まで続けるのはさすがに……ね」

 ふと、自分の境遇も同じようなものだと気付く。

妹「あー……。その点は、私も似たようなものか。……似た者兄妹、っ
  てね」

妹「ははっ、複雑ねー。……嬉しいような、嬉しくないような」

妹「……」

 整頓された机の上を物色する。

妹「……そういえば」

妹「兄さんにプレゼントした眼鏡……。どこに置いてあるのかしら……」

妹「あれから随分経つけど、一度も掛けた試しがないし……。まさか、
  失くしたなんてことは……」

妹「……いや、失くしたんじゃなくて……もっと別の……?」

妹「……」

 少し考える。

 前々から脳裏を過っていた、最悪のケース。

 それは単なる仮説ではなく、むしろ……事実なのではないかと。

妹「まさか……ね」

妹「……これが、兄さんの答え……なんてことは……」

 ない、と言い切れるのか。

妹「はぁぁ……」

妹「“ない”なんて、言い切れないわよね……」

妹「行動派じゃない兄さんが示す、最大限の拒絶……ってことかしら。
  ははは……。確かに、兄さんにすべて託すって言ったけど……」

妹「これは……予想外に……」

 顔が歪んで行くのを感じた。

 こうなる可能性だってあったのに、予測もしていたはずなのに。

 それを受け止め切れずにいる自分に苦笑する。

妹「……堪えるわね」

 視線を机から外し、天井を見上げた。

妹「……嫌なら、口で言ってくれればいいのに」

妹「傷付くと思ってるから……? だから、口じゃなくて……こんな、
  遠回しなことをするのかしら……」

妹「眼鏡を掛けないことで、私と……精神的に、距離を置こうとしてる
  のかしら……」

妹「ふふっ……。それが……兄さんの優しさ? 兄としての、妹を傷付
  けまいとする意地ってやつ?」

妹「くすっ。……馬鹿みたい」

 天井を見つめながら呟く。

妹「そんなの……優しさじゃないわよ」

妹「それは“甘え”よ。……兄さん」

妹「保守的で、自己愛な……甘ちゃんの考えだわ」

妹「守ろうとしてるのは私の心じゃなく、……自分自身よ。……兄さん
  は、気付いてるかしら……? ……はははっ……」

 乾いた笑いが漏れる。

妹「……ま、兄さんらしいと言えば、兄さんらしいか。イエスともノー
  とも言えない日本人ってね」

妹「口ではっきり意見が言えない人だもの。……だから、口で言うのが
  恥ずかしいなら“眼鏡を掛けて”……って言ったんだけど」

 その結果がこれだ。

 はっきりと言葉で示されたわけではないが、それは明確な意思とし
 て伝わった。

 ……兄は、眼鏡を掛けない。

 それは、明らかに拒絶のサインだ。

妹「……ある意味、最悪の選択だったわね」

 兄の性格を慮っての行動が、自分の心をより深く傷付けることにな
 った。

妹「結局、兄さんの言葉は聞けないまま。……ただ拒絶だけを示される
  ……」

妹「でも……そんな兄さんに、すべての決定権を与えたのは私のほう…
 …か」

妹「……浅はかだった……てことね……」

妹「……」

 空虚に向かって息を吐く。

 しばらくそうしていると、部屋の扉が開かれた。

兄「よう」

妹「あ……兄さん」

 おかえり、という言葉を返そうとして、やめた。

妹「早かったじゃない。もう少しかかると思ってた」

 本当は時間なんて覚えていない。

 どれくらいぼうっとしていただろうか。

兄「そうか? 簡単に済ませたつもりだが」

 証拠に、兄から否定の色を含んだ返事がきた。

妹「もう少し髪を短くすれば、乾かす煩わしさも減るんじゃない? 髪
  の短い兄さんも……」

 やめよう。

 もうこれ以上、深入りするのは精神上よろしくない。

兄「……どうした」

妹「……あー、ううん。なんでもないわ」

妹「それじゃ、……部屋に戻るわね」

 少しだけ兄の顔を見る。

 言葉通り、毛先だけ乾かした雑なやり方。

 本当に、この人は……手間が掛かる。

兄「あ、おい」

 横を通り抜けようとすると、声を掛けられた。

妹「うん? なーに、どうしたの?」

兄「お前、なんで泣いてるんだ?」

妹「泣いてる……? え、私が……?」

妹「あ、あはっ……。そんなわけ……」

 目を手でぬぐう。

 手の平に微かな冷たさを感じた。

兄「まつ毛が濡れてる」

妹「ぁ……あちゃー。まつ毛に付いちゃってたのね」

兄「……何があった」

妹「くすっ、なーんでもないわよ。欠伸しただけ」

 心配そうな顔の兄を誤魔化すように明るく答えた。 

妹「知ってる? 欠伸のときに出る涙って、特別な涙なのよ? 欠伸以
  外の方法では、決して流すことのない涙なの」

妹「だから、欠伸と同じで願ってもないタイミングで溢れてくるのよ、
  この涙は。……何の意味もない、無価値な涙よ」

兄「……そうか」

妹「あら、意外と簡単に引き下がるのね。……兄さんなら、もっとがっ
  ついてくるかと思ってた」

兄「がっついてほしいのか?」

妹「……ううん、がっついてほしいわけじゃない。むしろ、……そうや
  って見て見ぬふりをしてほしい」

兄「別に見て見ぬふりをしてるわけじゃ――」

妹「いいの。兄さんの優しさは受け取ったわ。だから……もうこの話は
  やめましょう?」

 きっと兄は気付いている。

 欠伸で溢れた涙じゃないってことを。

 枕を持って部屋に来た妹が、涙の跡を残した顔で退室しようとして
 いるのだ。

 何かを察しないわけがない。

妹「……今晩は一人で寝るわ」

妹「部屋に枕まで持ってきて、説教するだけして帰るだなんて可笑しい
  と思うかもしれないけど……」

妹「私にも……そういう気分のときがある」

 視線を右往左往させている。

 もっと追及すべきかどうか、考えあぐねているのだろう。

 ……ごめん。

 必要のない心配を掛けさせてしまって。

妹「それに、……兄さんの言葉を借りるわけじゃないけど」

妹「私も、もう子供じゃないわけだから。いつまでも兄と一緒に寝るだ
  なんて、可笑しな話でしょ?」

 過去に自分自身が否定した言葉。

 それを自分が使うことに、滑稽さが滲み出ている。

 兄もそれを聞いて、酷く驚いた表情を見せる。

妹「ふふっ……なーにその顔。くすっ、……兄さんのいまの表情、“鳩
  が豆鉄砲食らったような顔”って言うのよ?」

兄「そりゃ、お前が妙なことを言い出すからだろ」

妹「……えー? そんなに妙なことを言ったかしらー?」

妹「だって、最初に言い出したのは兄さんじゃない。一人で寝ろって、
  もう子供じゃないんだからーって……」

妹「そう言い続けてたのは、どこの誰だったかしら?」

 ……やめよう。

 不毛な議論だ。

 兄をいびるだけで、何の意味ももたらさない。

兄「だが、それを否定していたのはお前の――」

妹「ごめんなさい」

妹「……もう、寝るわ」

妹「おやすみ、……兄さん」

 部屋を後にする。

兄「あ、こら」

妹「……それと、一つだけ」

 半身を部屋に残し、言葉を繋げる。

妹「髪。乾かすならきちんと乾かしなさい? 毛先だけでしょ、髪が寝
  てる」

兄「あ、おう」

 兄は予想だにしなかった指摘に狼狽する。

 その姿に、変わらない兄の姿を見たようで苦笑する。

妹「くすっ。……それじゃ」

 怪訝な目を向けている兄を尻目に、扉を閉める。



 廊下にただ一人。

 ゆっくりと冷静になっていく自分を感じた。

妹「はぁ……」

 声も出ない、ただの吐息のような溜息を吐く。

妹「一人になっちゃったわね……」

妹「なんだか、身も心も一人になったような気分……」

 心の中に、確かに存在していたものが、すっぽりと抜け落ちた気分
 だ。

妹「……くすっ。まさか、拒絶されただけでこんな気持ちを味わえるだ
  なんてね……」

妹「意外と、私の中で……兄さんの存在が過大化してたってことかしら」

妹「あんな世話の掛かる兄が、まさか……ね」

妹「それとも、世話が掛かるからこそ……兄さんの領域が広がったのか
  しら」

妹「こんな気持ちを味わわせるまでに、肥大化して……」

妹「ふふっ。……もしかして、本当に恋心を抱いていたのかしらー?
  ……実の兄に?」

妹「……」

 廊下の天井を見上げる。

妹「……やめましょ。こんなこと考えるの」

妹「……一人で、虚しくなるだけだわ」

妹「いまは……そう」

 胸に抱えた枕をきつく抱きよせる。

妹「一人で、眠ることだけを考えなきゃ、ね」

 そう呟き、自分の部屋の扉を開いた。



 ……

 朝が来た。

 東側の窓から差し込む朝日に、瞼の奥がチリチリと痛む。

妹「んん……、ふぁ……」

 自然と欠伸が漏れる。

 涙も思い出したかのように目元に溜まっていく。

 昨晩、ベッドの上で枕を濡らした涙とは別のもの。

妹「ぁー……。……あさ……」

 ベッドの上で横になったまま、眩しさに堪えながら薄く眼を開く。

妹「いつの間にか眠ってたのね……。ふぁ……、寝た気がしないわ」

妹「今日が祝日で助かった……。疲れの取れない頭じゃ、授業どころじ
  ゃないわ……」

 動くのを拒む体に鞭打って、上体をあげる。

妹「…………、あさごはん……たべないと」

妹「ぁー……、今日しなきゃいけないことはないんだし、別に抜いても
  ……」

 そういうわけにはいかなかった。

 早番の母がもう朝食を作っているだろうし、それを残すのは居た堪
 れない。

 母が作った物を食す義務を果たさないと。

妹「ふぅ……。こんなに、何かをするのが億劫なの……初めてだわ」

妹「っ、んしょ……っ。……ふぅ」

 足をベッドの外に投げ出す。

妹「取り敢えず、食事を摂りましょ。頭に栄養を送って、それから……」

妹「それから……」

 ……どうすればいいのだろう?

 わからない。

 ……仕方ない。

 先に頭を働かせる栄養源を摂取しよう。



 ……

 寝惚け眼をそのままに、リビングの扉を開けた。

妹「っ、あれ、兄さん……?」

兄「よう、おはようさん」

妹「こんな時間に……どうしたの? どこか出かける予定でも?」

兄「いや。なんかぱーっと目が覚めちまってさ」

妹「あぁ、そう。……じゃあ、今日一日家にいるのね?」

兄「そういうことになるか」

妹「……そっか」

 兄と二人っきり。

 別に珍しい話ではない。時たま、こういう日もある。

 違うのは、私の心の状態だけ。

妹「兄さん、朝ご飯は……」

 質問を投げかけるために、兄の顔に視線を向ける。

兄「食べたぞ」

 返事をするために顔を向けてきたので、慌てて視線をずらす。

妹「あ、そ……そう。食べたならいいわ。私の分だけ用意するから」

 ……なんだろう。

 目を合わせるのが気まずくなった。

 無意識の内に、視点を兄から別の場所へ移していた。

妹「……キッチンに逃げてきちゃった」

妹「はぁ……昨日の今日じゃ、ちょっと……顔合わせるのが気まずいわ
  ね……」

妹「といっても、別に兄さんと口論したわけじゃないし……」

 カウンター越しに兄の姿を見つめる。

妹「兄さんも、いつも通り……。そりゃそうよね、私が一人だけで解答
  を求めた結果だもの。兄さんは何も知らない……」

 けど、あの人もあの人だ。

 あんな解りやすい拒絶をしておいて、私が普段通りの態度でいると
 思っているのだろうか。

 あんな関係、普通の兄妹じゃない。

 そんな関係を拒絶したのだ。

 今まで通りとは、到底行くはずがない。

妹「はぁ……。“知らない”なんて、呑気なものよね。兄さんに託すっ
 て伝えて、どれくらい経ったと思ってるの?」

妹「季節が一つ過ぎ去ったのよ? 毎日毎日顔を合わせて、機会は幾度
  となく巡ってきて……」

妹「それでも兄さんは、いつもの兄さんのまま」

妹「そんな日々を繰り返してきて、拒絶を示していないとでも言うのか
  しら……?」

妹「全く……。“知らない”なんて、無責任なことはやめてほしいわ」

妹「自分で引き起こしたくせに、……誰のせいだと思ってるのよ、ばー
  か」

 素知らぬ顔でニュースを眺める兄の横顔へ悪態を吐く。

妹「はぁ……。これからどうしたらいいのかしらねぇ」

妹「……いつも通り……を、心掛けるしかないか」

 きっと、兄もそれを望んでいるだろう。

 今までと変わらない、家族としての間柄を。

 これまで、別に兄との仲が悪かったわけではない。

 特別良いというわけでもなかったようにも思う。

 そんな普通の兄妹を……肉体関係だけを抜き取った、今まで通りの
 兄妹関係を、兄は望んでいるのだろう。

 それが……普通だから。

 一番、難しくない選択だから。

妹「いつも通り……いつも、通り……」

妹「……ついさっき、まともに顔も合わせられなかったのに、いつも通
  りなんてできるかしら……」

 自信はない。

妹「ははは……。ふぅ……前途多難ね」



 ……

兄「……」

 ダイニングテーブルで朝食を摂っている妹に目をやる。

 仕方なくといった感じで、黙々と箸を進めている。

 妹がよく口にしていた。

 『頭が働かないから食事を摂っているだけ。食事の時間は一日の無
 駄』だと。

 あいつにとって食事は、食べられれば何でもいいという考えなのだ
 ろう。

 世の中、珍しい思想の持ち主がいるものだ。

兄「なあ」

妹「ん? ……どうしたの? 兄さん」

兄「お昼、どうする?」

妹「あー、お昼ご飯? ん……今日はお母さんもいないし……、私が作
  るしかないか……」

 そう独りごち、箸先を見つめながら妹が答える。

妹「ん、今日は私が作るわ。何か食べたいものはある?」

兄「うんにゃ、別に。適当に作ってくれ」

妹「適当、ね……。……うん、わかったわ。冷蔵庫にあるもので、簡単
  なもの作ってみる」

兄「おう……」

 あっさりとした会話。

 投げ掛けた話題はすぐさま終わりを迎えた。

兄「……」

妹「……なに? 人の顔じっと見て……。食べづらいんだけど……」

 妹は視線を嫌がるように顔を逸らした。

兄「いや、あー……、んー……?」

 妹の仕草にもやもやする。

兄「なあ、妹よ」

 その横顔に声を掛ける。

妹「言いたいことがあるならはっきりして頂戴。そんな探り探りな会話
  に付き合わなきゃ駄目?」

 出ばなを挫かれた。

妹「それと、私は食事中、兄さんはニュースを視聴中」

妹「私と話したいならテレビは消したら? 電気代の無駄よ。私が食べ
  終わるまで待つか、どっちかにして?」

 言うだけ言うと、瞳を閉じて咀嚼に集中する。

 やはり、何かおかしい。

 なんというか……固い。

 まとっている雰囲気、言動。すべてに柔らかさがない。

兄「……すまん」

 気圧されたように返事をした。
 
妹「……」

 それに対して妹も二の句を継げなかった。



 ……

 兄の目が逸れていく。

 ほう、と息を吐いた。

妹「はぁ……やっと視線を外したわね」

妹「んぅー……居心地悪い……。兄さんと同じ空間に居たくない……」

妹「……く、空間は言い過ぎね」

妹「視線……。そう、視界の中に居たくないのよ。兄さんに視認される
  のが嫌なだけ……」

妹「私の顔を……表情を、読み取ってほしくないだけ」

 テレビ画面を注視している兄を覗き見る。

妹「はは……。こんなこと、兄さんに言ったら……どんな顔するかしら」

妹「子供のように慌てる? それとも、大人ぶって冷淡な顔つきをする
  のかしら」

 着せ替え人形のように、脳内で兄の表情を替えていく。

 自然と顔が綻ぶ。

妹「……安心して、兄さん。私はそんな言葉を兄さんに向けるつもりは
  ないわ」

妹「私は妹。兄さんは兄だもの」

妹「兄妹は……家族は、家の中くらい平和に……仲良くしないと……ね」

妹「なにがあっても……。例え、お互いに何かわだかまりを抱えていた
  としても……」

妹「たった一人の、血を分けた兄妹だもの、ね」

妹「……兄さんも、そう思ってくれてるかしら……?」

妹「家族としての過ちを犯したとしても、変わらずに……」

妹「……」

 味気ない朝食が、より一層無味に思えた。



 ……

 夜になった。

妹「兄さん、お風呂空いたわよ」

兄「ん? おぉ、サンキュー」

 返事をしながら妹の姿を視認する。

 妹は伏し目がちにダイニングテーブルに腰を下ろした。

妹「……」

兄「……」

 妹は何も言ってこない。

 風呂に入れという言葉を聞いてもなお視聴を続ける兄に対して、文
 句の一つも垂れない。

兄「……」

 リビングに置かれたテレビ画面を、遠く離れたところから見つめて
 いる。

 濡れたままの髪をフェイスタオルで丁寧に拭きながら、どこか据わ
 った表情で。

兄「……なあ」

妹「んー……どうしたの?」

兄「テレビが見たいなら、俺どこうか?」

妹「あー……別に。真剣にテレビを見てるわけじゃないから、気にしな
  いで。ソファは兄さんが使っていいわよ」

兄「あぁ……」

 何気ない会話。

 そのどこかに、確かな違和感。

 しかし、その元が変わらない。

 何を以ってして、この会話の可笑しさを説明つけようか。

兄「……」

妹「……」

 ……視線。

妹「っ……」

 目を逸らされた。

 やはり、何かある。

 だが、なんだ?

妹「……なんでこっち見るの」

兄「先に見てたのはお前だろ」

妹「見てない。先に見たのは兄さんのほうだから。変な言いがかりはよ
  して」

兄「刺々しいな。もう夜だぞ?」

妹「夜だったらなに? 私が刺々しくなくなるとでも言いたいわけ?」

兄「……まあ、そうだが」

妹「あぁ、そう」

 おざなりな返事をして目を伏せる。

 俺の姿を視界の端にすら留まらせたくないかのような動作。

 気になって、さらに言葉を続ける。

兄「なあ」

兄「俺、お前になんかし――」

妹「……ごめん」

 俺が言い終わる前に立ち上がった。

妹「もう部屋に戻るわ。……おやすみ」

兄「あ。おい」

 制止も聞かずに、とことことリビングを出て行ってしまう。

 遠くから聞こえる階段を上る音。

兄「……どうしたもんかね」

 あそこまであからさまに避けられると、流石に笑うしかない。

 目も合わせてくれないと来たもんだ。

 今まで妹とは、喧嘩と呼べるような喧嘩をしたことがなかった。

 口喧嘩のように見えるのは、ただの会話だ。

 口論をしてもお互い後腐れなく、少し時間を空ければ元の鞘に収ま
 る。

 そんな仲。

 兄妹とは、家族とはそういうもんだ。

 ……少なくとも、我が家では。

 それが突然、なんの前触れもなくアレだ。

 こちらが普段通りの態度でいても、妹は見たこともないような仕草
 であしらう。

 一体なにが原因だ?

 妹の心変わりか。

 それとも、俺が何かしたか。

兄「……はてな」

 覚えたての違和感は、いつまでもしつこく脳裏にこびり付いて取れ
 なかった。



 ……

 昨晩に覚えた違和感。

 口数の多い妹が、今日に限っては話題を膨らませるのに失敗してい
 た。

 それだけなら、俺は気にも留めなかっただろう。

 一昨日の晩……、

 俺の部屋で涙していた妹の姿。

 やけにしつこく脳裏にこびり付いて剥がれない。

 昨日の朝の調子は、一昨日の昨晩のそれと関係している……?

 しているとして、あいつが翌日まで引きずった涙の原因は一体なん
 だ?

 学校生活? 私生活? 将来のことや、社会への不満?

 部屋にわざわざやってきておいて、何も言わずに出ていった理由
 は?

兄「……解らん」

 やはり、あそこで問い質さないのは失敗だったか。

 あいつも口にしていた。

 『がっついてこないのか?』、と。

 見え透いた話題転換をしていると、あいつ自身が知っていたのだ。

 我が妹ながら、あいつは頭が回る。

 それなのに、見え見えの下手な切り返しをしたのは……、

 俺に……指摘して欲しかったんじゃないか?

兄「……世話の掛かる」

兄「お前は俺に似て、口下手で不器用な人間だよ」


 ……

 扉が鳴った。

妹「? はーい」

兄「俺だー」

妹「……兄さん? ……、どうぞ。開いてるわよ」

 声の通り、兄が入ってくる。

兄「よう」

妹「兄さんから部屋に訪ねてくるなんて珍しいわね。こんな遅くにどう
  したの?」

兄「用事がないと来ちゃ駄目か?」

妹「……その口振り、大した用事じゃないのね。……何の用?」

兄「その前に、餞別だ」

 菓子袋が投げられる。

妹「餞別……? ぅ……、晩ご飯の後にお菓子……。……嫌がらせしに
  きたの……?」

兄「どうどう、構えるな。そんなんじゃない」

妹「あ、そう」

 嫌がらせだ。

 この人はたまに子供みたいなことをする。

 いつも通りだ。

 兄さんは、変わらずに自分と接してくれている。

 それもそうだ。兄さんからしてみれば、まだはっきりと拒絶したつ
 もりではないのだろう。

 兄さんの態度は、これまでも、これからも変わらない。

妹「嫌がらせなら間に合ってるわ。読書の邪魔だから、そちらのドアか
  らお引き取り下さい」

 ……少し冷たかっただろうか。

 普段通りの自分なら、もっと柔らかく対応しているかもしれない。

兄「……やっぱり、学校で何かあったのか」

 そんな心配をよそに、兄はとんでもない角度から話題を投げ込む。

妹「は、はあ……?」

兄「嫌がらせって、どんな嫌がらせだ。上履きに画鋲……って、お前の
  学校はスリッパだったな。……女だし、陰口とか色々と……」

妹「学校で嫌がらせ? 何をいきなり……。ないない、嫌がらせなんて
  ありませんー。真っ当な学校生活を送らせてもらってるわ」

兄「は? けど、いま『嫌がらせなら間に合ってる』って」

妹「全く……。兄さん? 言葉をそのまま受け取ってどうするのよ」

妹「『嫌がらせなら間に合ってる』ってのは、単なる言葉の綾よ。言葉
  で遊んだだけ。なに真に受けてるのよ」

兄「あ、あれ? そうなのか?」

 拍子抜けした声。

妹「はぁ……ふふっ。もう……とんでもない勘違いするのね、兄さんは」

 自然と笑みが零れる。

妹「でも、それも兄さんらしい、か。頭ごなしに考える、兄さん特有の
  言動。くすっ、ふふふっ」

 笑いながら、肩の力が抜けていくのを感じた。

 気付かないうちに、肩ひじ張っていたみたいだ。

 きっと、この人のこういうところが、自分は好きなんだろう。

 兄さんらしさが、私の気持ちを穏やかにさせる。

兄「……馬鹿にしてんのか」

妹「馬鹿にしてるんじゃないの。……兄さんのそういうところ、好き
  よ?」

兄「ん?」

妹「あー……。なんでもない、忘れて」

兄「あぁ……」

妹「……それで? 兄さんは何の用事で部屋を訪ねてきたの?」

妹「私の言葉に、『やっぱり』とか言ったくらいだし、何らかの思惑が
  あってきたんでしょ?」

兄「……訊いてもいいのか?」

 今しがた退室を求められたからか、怪訝な様子で聞き返してきた。

妹「ええ、別に訊いてもいいわよ。一体どんな面白い話が聞けるのかー
  しらー?」

兄「……お前が一昨日の晩、泣いていた理由を教えてくれ」

 面白くない話だった。

妹「っ……。あ、あぁ……その話、ね……。一昨日に泣いてた理由……」

妹「……見て見ぬふりをしてくれるんじゃなかったの?」

兄「お前は不器用だからな」

妹「はあ? 私が不器用だからっていうのは、返答になっているのかし
  ら……。……まぁいいわ」

 兄の意志は固い。

 誤魔化し方くらい幾つも浮かぶが、それを駆使しても兄を退けるの
 は困難を要するだろう。

妹「…………」

 長く息を吐く。

妹「ごめんなさい」

妹「言えないわ」

兄「……どうして」

妹「どうしてって訊かれても、言えないものは言えないんだもの。仕方
  ないじゃない」

妹「あ、別に口封じされてるとか、そんなんじゃないわ」

妹「兄さんの心配の矛先は、どうやら私が陰湿なイジメを受けてるとか
  そんな話みたいだけど……」

妹「それは見当違いよ。女の子の世界って確かに厳しいけど、上手くや
  りくりすれば、敵なんてそうそう作るもんじゃないわ」

妹「それに、私ってイジメに泣くような繊細な中身してると思う? ち
  ょっとやそっとじゃ、そう簡単にはめげないわ」

妹「兄さんに心配されるほど、弱いメンタルしてないもの」

兄「でも……お前は」

兄「お前は、俺に心配されたかったんじゃないのか?」

兄「気付いてほしかったんじゃないのか?」

妹「……心配して欲しかった……? 気付いてほしかった? 私が?
  兄さんに?」

 失笑する。

妹「そんなわけ……」

 ――ないじゃない。

 言おうとする言葉が出てこない。

 喉元でつっかえて、声に出すことを拒む。

妹「……」

 代わりに、息が漏れた。

兄「お前は不器用なやつだよ」

兄「俺に似て、はっきり口にできない。思いを口にできない。そんな妹
  だ」

 違う。

 何を言い出すの?

 私ほど、ずけずけと物を言う人間はいないだろう。

 連日連夜、口うるさく説教されている身でよくそんなことを言える。

兄「俺の可愛い“妹”だ」

妹「やめて」

妹「……もう、いい」

妹「私が不器用……? 口下手で、自分の思いも口にできないような…
  …妹? 兄さんと似てる?」

妹「可笑しなこと言うのね、兄さんって」

兄「これでも十数年と兄をしているんだ。妹のことくらい理解している」

妹「そこまで自分の目に疑いがないなら、妹の心の機微くらい読み取っ
  てもらいたいものね」

妹「……出て行って」

妹「話すことは何もないわ」

兄「……それが本心だって言うのか」

 優しい声だった。

 出てきそうになる感情を堪えながら、声を振り絞る。

妹「……ええ、そうよ。これが本心。……兄さんに、早くここから出て
  ってほしいわ」

兄「強がりが」

妹「っ! 別に強がってなんか――!」

兄「いい加減、顔向けたらどうだ?」

兄「どうして、今朝からずっと目を合わせてくれない」

兄「どうして、俺から逃げようとする」

妹「っ……。は、……はは。……なぁーんだ、気付いてたの」

妹「視線を合わせてくれないこと。……兄さんに近づこうとしてないこ
  と。……気付いてたんだ」

兄「兄離れにしては突然だなと思ってな」

妹「……確かに、兄離れするにしても唐突よね」

兄「そっちに行ってもいいか?」

 近づいてくる気配がする。

妹「っ、だめ……こないで」

 見ないで……。

兄「目を見て話そう。そうすりゃ、言いたいことも言えるはずだ」

妹「目を見て話せば言いことも言えるなんて、論理的に破綻してるっ、
  わけ解んないっ」

 近づかないで……。

兄「今更兄に隠し事なんかなしだ。家族だろ?」

妹「か、家族とか、兄とか……そんな制約で片づけられる問題じゃない
  のっ! ……こないで……」

 肩を掴まれる。

妹「ひっ」

兄「何をそんなに怯えている?」

 くつくつと笑う。

妹「やだ……見ないで……」

 顔を隠そうと伸ばした手を抑えられる。

妹「見ないでよ……」

妹「私の顔なんか……見ないでよ……兄さんの顔なんか……見たくない
  んだからぁ……」

兄「……そうか」

兄「やっぱりお前は、……不器用だよ」

兄「思ったことを口にできない」

兄「顔にしっかり書いてるのに、な」

 兄さんが何を言っているのか解らない。

 ただそこには、見慣れた顔があって、

 笑顔があって、

 優しさがあって。

 単純な顔の動き一つに込められた思いは、何てことはない小さなも
 のなのだろうけど。

 私にとっては、無限にも思える大きな温かさで、

 自然と涙出そうになる。

妹「見ないで……見るなぁ……」

 隠す場所を失い、兄の胸に顔を埋める。

妹「馬鹿……ばかぁ……兄さんのばかぁ……」



 ……

 視線を合わすことができない。

 会話ができない。

 同じ空間にいることが気まずく感じる。

 動揺しているところを見て欲しくない。

 『いつもどおりに振る舞わないと』

 そう考えれば考えるほど、兄さんの視界の中に居たくなくなる。

 ボロが出てしまいそうだから。

 取り繕っているのが、バレてしまいそうだから。

 今まで、どんなに動揺しているときでも、気丈に振る舞うことがで
 きたのに。

 兄さんの気持ちを、手の平で転がしている気分のときは、あんなに
 も余裕な態度でいられるのに。

 ……どうしてだろう?

 心の距離が遠く離れた場所に行ってしまったと気付いてからは、ど
 うしてこんなにも心が動いてしまうんだろう。

 余裕がなくなってしまうんだろう。

 兄の前で気丈に振る舞うことが、どうしてこんなにも難しいんだろ
 う。

 笑顔で笑うことが、からかうことが、どうしてこんなにも難しくな
 っているんだろう。

 表情が硬くなる。

 ……やめて。

 見ないで。

 私に関ろうとしないで。

 兄さんに話かけられると、返事をしてしまう。

 会話をすると、からかってしまう。

 馬鹿にしてしまう。

 貶してしまう。

 そんなことをしては駄目だ。

 兄さんは私を拒絶した。

 いまの私を拒絶した。

 いまの私では……駄目なんだ。

 だから……いまの私に、関ろうとしないで……。

 ……



妹「ぅ……ぅぅ……ぐすっ……ぅ……っ」

兄「……」

 妹の背中をぽんぽんと叩く。

 胸に押し付けられた頭を優しく撫でる。

兄「……そうか」

兄「色々と、迷惑をかけたな」

 震える肩を抱く。

 腕を回してみて初めてその小ささに気付く。

 こいつは、こんなにも小さな体で悩みを抱え込んでいたのだ。

 この身一つで、不器用ながらも必死に立ち向かっていたのだ。

 こいつ一人で抱え込むにしては、あまりにも大きすぎる悩み。

 誰かに相談したくても、悩みはそれを許してはくれない。

 こいつの悩みであると同時に、俺たち二人だけが共有する秘密でも
 あるのだから。

 そんな悩みを、まだ人として未熟な少女が背伸びをしながら立ち向
 かうのはあまりに無謀すぎる。

 ……こいつは、それを行ってしまうくらい不器用なのだ。

妹「っ、んっ……ぅぅんっ……! ……兄さんは悪くないっ……!」

妹「兄さんはっ……兄さんの気持ちがあるものっ……! その気持ちに
  ……勝手に傷付いたのは、私……」

妹「それに、兄さんにすべてを託したのだって……私だからっ……!」

兄「いや……その、な」

兄「迷惑を掛けたなっていうのは……、つまり」

兄「『勘違いさせて悪かったな』ってことなんだ」

妹「ぐす、っ…………ぇ?」

 顔を上げた妹の睫毛は涙で濡れていた。

兄「眼鏡は、だな……失くしたんだ」

妹「ぁ……ぇ……?」

兄「前々から言おう言おうとは思っていたんだが、贈り物を失くしたと
  はなかなか言えなくてだな……」

兄「まあ、だから、別にお前を拒絶したわけじゃない。つけたくても、
  つけられない状態だったんだ」

妹「……」

 呆けた顔の妹は、何を考えているのだろうか。

 茫然とした妹を見つめていると、やおら口を動かし始める。

妹「じゃあ……なに……。わたしの……早とちり……?」

 気の抜けた声で訊いてくる。

兄「……そういうことだな」

妹「……」

 わなわなと口の形を変える姿を見ながら、俺は浮かれた気持ちで笑
 う。

 ……

 兄さんが笑ってる。

 『安心したか?』とでも言いたげな笑みだ。

 こっちはそれどころじゃない。

 拒絶ではなかったんだという嬉しさと、早とちりだったんだという
 恥ずかしさが入り混じり、溢れ出している。

 嬉しいのか、恥ずかしいのか。

 嬉しいのなら、兄さんの胸にもう一度飛び込みたい。

 恥ずかしいのなら、適当な悪態を吐きながら兄さんを部屋から追い
 出したい。

 どっち、どっちだ?

妹「……っ、にいさん……」

兄「ん?」

妹「…………ばか」

 肩を叩く。

妹「ばか」

 もう一度叩く。

妹「ばかっ」

 叩く。

妹「ばかっ!」

 叩く。

妹「ばかっ! ばかっ! ばかっ!! 馬鹿っ!! 馬鹿ーっ!!!」

兄「いたっ、いたっ! 痛いっ! 痛いっ! えっ!? なにっ!?
  なんすかいきなりっ!?」

妹「にいっ、さっ、んのっ、ばかっ! ばかっ! ばーかぁっ!!」

 力任せに肩を叩いてやる。

 満面の笑みで。

 嬉しさを満面に出しながら。

 兄さんの貧相な体を思いっきり、力加減なしに叩きまくる。

 ついでにいい音が鳴る角度も見つけよう。

 こうか? こうかっ! そら! そらっ!

兄「いたっ! いたっ! ちょっ、なんすかっ!? なにっ、なにっ!」

妹「ばかっ、にいっ、さんっ! っ! とっ、ととっ、でっ、てけっー!」

兄「わ、わけが解らんっ!!」

 扉が閉まる。

 部屋から兄さんを追い出すことに成功した。 

 ふっと息を吐く。

妹「……なんだったのかしら、いまの私」

 自分でも自分の行いに合点がいかない。

 説明のつかない複雑な感情の表れなのだろう。

 面白い経験をしたな、と思った。

妹「……取り敢えず、ぜーんぶ杞憂だったってことで……いいのよね?
  大丈夫よね?」

 兄さんの言葉を反芻する。

 『眼鏡を失くした』

 『拒絶するつもりはなかった』

 『眼鏡をつけたくてもつけられなかった』

妹「……うん。大丈夫、問題はない」

 恐れていたような事実はそこには存在していない。

 拍子抜けするような真実だけがある。

妹「はぁぁ……」

妹「よかったぁ……」

妹「…………。はぁぁぁ……」

 嘆息する。

 何度でも吐けると思った。

 体の中に溜まって溢れだそうとしている安堵感は、溜息として幾ら
 排出しようとしても、無限に湧き上がってくる。

 本当に、心の底から安堵しているんだろう。

 代わりに、笑みを零していくことにした。

妹「ふふふっ……くすっ、くすくすっ……、ふぅ」

妹「また、振り出しからかー」

妹「今度は、どんな眼鏡を買おうかしら」

妹「ん、そうね……。今度は兄さんを連れて買い物に行くのも……悪く
  ないわね」

妹「くすっ、大人の経済力に期待してみますか」

 心には一点の曇りもなかった。

 ついさきほどまで暗雲に覆われていた心は、兄さんという季節風に
 吹き飛ばされてしまった。

 全く、なんというか、まあ……。

妹「……ばか兄さん」

 ありがとう。

 END

 

2014/12/12 作品のこと   miura

この記事へのコメント

コメントを送る

  ※ メールは公開されません
Loading...
 画像の文字を入力してください
絶賛発売中!!
同人誌、同人ゲーム、同人ソフトのダウンロードショップ - DLsite.com
第十四作目『添い寝フレンドが手コキフレンドになるまで』 - 妄想研究所